頭の中が忙しい

自閉症スペクトラムと付き合いながら今日も育児をがんばる日記

米がないならパンを食べたらいいじゃない

うっかりお米を切らしてしまっている。

我が家は基本、三食米食だ。
夕飯の時間に合わせて3合炊いて、朝は冷やご飯でお茶漬け、主人はその残りをお弁当箱に詰め、さらにその残りを私の昼ごはんにまたもやお茶漬けで食べている。

もともと夫は朝はパン派で、しかも結構パングルメだったのでそれなりにお金がかかった。それにご飯を炊くのにプラスして食パンを切らさないという管理が地味に面倒だった。

それでジワジワとご飯の割合いを増やし今では完全にご飯派に変わってくれたので、金銭的にも手間的にも助かっている。

ちなみに子供も好きな食べ物ナンバーワンがおかゆだ。

そんな我が家で米を切らした。

すぐに発注をかけたものの2〜3日は耐えないといけない。麺類も試したけれど、子供の後追いと不機嫌真っ只中の今、伸びないうちに食べないといけないからハードルが高い。

それで今日は久しぶりにホームベーカリーでパンを焼いた。

普段、毎日まいにち夕飯の献立を考えるのが億劫で仕方ないのだが、パンに合うものという縛りのおかげで今日はすぐに決まった。

金時豆と牛肉のトマトスープがメインだ。金時豆を煮るのに時間がかかるのと、牛肉が高いのとで、子が生まれてから作る気が起きなかったけれど、なんだかできたてパンの特別感でテンションがあがって作れた。

それから子供がここ数日、めちゃくちゃ離乳食を嫌がる。ギャーギャーわめいて暴れるので子も私も全身おかゆだらけでベトベトになる。それなのにほんの2〜3口しか食べられて居ない。(おかゆは冷凍ストックがある)

今日はほとほと疲れ果て、2回目の離乳食はもう嫌だなと思っていた。ちょうどその時間帯にパンが焼きあがったので、柔らかいところを千切って子供に見せてみた。そうするとニコニコしながら自分で口に運んだ。結局結構な量のパンを調子良く食べた。

ひょんなきっかけで主食がお米からパンになっただけで、ほんの少し日常がスムーズに回った。


それにしても、離乳食も日々のご飯も各々が各家庭で準備して片付けるなんて非効率極まりない、と最近つくづく思う。

東南アジアの国みたいに、屋台で食べる文化になればいいのに。

コミュ障害なりにママ友作りをした話

私は人間関係が苦手だ。

面倒事は極力避けたいのであんまり人と関わらないできた。

小学校のときから、学校の帰りに女子同士で一緒に歩くとおしゃべりばかりしてちんたら歩くのが面倒で、1人でさっさと帰ってきていたくらいだ。

だから特別いじめにあったり、喧嘩をしたこともないけれど、なんとなく浮いてしまっていることはままあった。友達も少ない。


そんな私だけど、子供を産んだことをきっかけにママ友作りにはチャレンジしてみようと思った。

一番の理由は、夫の転勤が出産時期と重なったからだ。単純に知り合いが1人もいないという状況はさすがにマズイと思った。私は自分がかなりの確率で産後うつになるだろうと予測していたので、完全に子供と一対一で過ごすのは危険だと思ったからだ。

そしてもう1つは、人間関係を築く練習をしたかったから。小さな子連れ同士なら「何カ月ですか?」「男の子ですか?女の子ですか?」と声をかけやすい。話題も子供のことなら途切れない。これまで自分から進んで友達を作れなかった私にとってはとっつきやすいテーマがあるという意味でチャンスだと思ったのだ。

子供が生まれて数ヶ月、ママ向けイベントにいったり支援センターで声をかけてみたりしたおかげで何人かママ友ができた。「うまく雑談できなかった、やっぱり私変人だ」と落ち込むことも多いし、苦手な人もいる。

だけどがんばってみてよかったと今は思っている。

赤ちゃんを育てるってコンビニの店員をやってるようなものだ。1つ1つの仕事は難しいことなんてない。次から次に新しく仕事は出てくるし、初めは戸惑うけれど、慣れてしまえば誰でもできることだ。

だから何人かで回せばそう大変でもない。
お客さんが途切れなくても、誰かがレジ対応している間に他の人が品出しをすればいいし、トイレにだって行ける。

いきなり「メルカリ便出したいんですけど〜」とか、新しい仕事を頼まれてもやったことがある店員に聞けば即解決する。

酔っ払いが来て絡まれた上に店内で嘔吐されたって、みんなで「嫌な客来て大変だったねー」なんて愚痴りながら掃除すればいい。


子育てだってそうなのだ。
泣いていても誰かにあやしてもらっている間に家事を進められれば楽だ。急に病気したり夜泣きが続いても「今日しんどかったねー」と誰かと話しながらお世話できれば、そんなにストレスにはならない。

だけど、これを1人で回そうとするから大変だし休まらない。


昨日初めてママ友の家に遊びに行った。各々の子が遊びまわるし、離乳食やおむつ替えがあるからみんな結局我が子の世話に追われる。だけど、ちょっとトイレに行く間お互いの子を見ていることができるし、大変な場面をリアルタイムで共有できると心が軽くなる。


ママ友と言うと人間関係のトラブルが絶えないイメージがある。
確かにSNSで頻繁に連絡しあい、お互いの子の誕生日やクリスマスにホームパーティをし、一緒の幼稚園に通い…なんてやり始めると当然合わない人も出てくるだろう。

多分、女子中学生の友達関係のような濃密な関係を望むと女同士、面倒くさいことになっていくんだと思う。

だけどママ友なんてコンビニのバイト仲間くらいの距離感でちょうどいい、と割り切って仕舞えば結構快適だ。

お互いがスムーズに仕事を進めるために、それなりに上手くやれればそれで上出来。たくさんのバイト仲間と仕事するうちにもしかしたら気の合う人と巡り会い、仕事抜きで一緒に遊びに行くくらいになるかもしれない。

子育てなんて1人でやるのは非効率極まりないのだ。最初はとりあえず、子の月齢が近いとか、家が近所だとか、夫の休みが合うだとか、利害が一致しやすい人と協力しあってみる。その中で運良く気の合う人がみつかるといいなと思う。

困った時のアクアパッツァ

最近子供の体力がめきめきついてきて、お昼寝をなかなかしてくれない。

今までは外に遊びに連れて行き、帰宅後即寝かしつけて家事をやったりブログを書いたりできていたのにだんだん難しくなってきた。

一番困るのは夕飯の支度だ。気づけばいつも夕飯の献立や段取りばかり考えてしまっている。

今日はスーパーに行ったら小さな鯛が二匹で298円と激安だったのでアクアパッツァを作ることにした。

アクアパッツァと言うと、凝った料理に聞こえるが実はとても簡単だ。
白身魚をニンニクとオリーブオイルを熱した鍋で表面だけサッと焼き、野菜と貝を入れて白ワインで蒸す。火が通ったら塩胡椒して終わり!15分くらいでできてしまう。

しかも今日は貝がなかったのでそれすら省略。適当な野菜炒めと手間は変わらないのに、なんか手が込んで見えるし野菜も魚も摂取できるから何品も作らず済む。

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↑今日はトマト、セロリ、アスパラとカットオリーブを入れた。総額数百円でかなりのボリューム!


夕飯の支度は子供の機嫌の悪い日も大変だけど、うつの波が来ているときはもっと大変だ。まず献立が浮かばないし、料理の手順も混乱してわからなくなる。とにかく判断ができない。

そんな日は簡単なものでいい、お惣菜を買ってもいい、とは言うものの罪悪感が大きくて「楽をする」という判断すらもできなかったりする。

だから、アクアパッツァみたいに簡単でちゃんとして見えるメニューを幾つかストックしておいて、不調の日はコレ!というマニュアル作りをしておこうかと思っている。

ポイズンドーター・ホーリーマザー

少し前に湊かなえさんの『ポイズンドーター・ホーリーマザー』を読んだ。
この本は短編集になっており、最後の2話が「ポイズンドーター」「ホーリーマザー」と言う対の話になっている。
この本をとおして「毒親育ちってなんだろう」と考えたので、あらすじを紹介しつつ私なりの考えを書いてみたい。


※ネタバレ注意

「ポイズンドーター」では、弓香という女性が主人公だ。彼女は母子家庭で母親から強い抑圧を感じて育ったが、スカウトされたことをきっかけに上京し女優として活躍している。中学時代から繰り返す酷い頭痛の原因が、母親からのストレスだと気づいてからは帰省せず母親と距離を置いている。しかし33歳の厄年に地元で同窓会が開かれることになり、同じ「毒親育ち」の親友・理穂から熱心に参加しないかと誘いを受ける。理穂に久しぶりに会いたい気持ちもあり、久しぶりに帰郷しようかと悩むが結局母親のことが気に係り欠席の返事をする。そんな折、「毒親」を題材にした取材の依頼を受け、思い切って「毒親育ち」として声を上げることを決意し番組は大きな反響を呼ぶ。弓香が出演に手ごたえを感じていた矢先、元クラスメイトや母親が立て続けに亡くなったという報せが理穂から届く…。

この話では、「毒親」に抑圧されて過ごした日々が、弓香の回想を通してリアルに描かれる。
決して虐待したり、育児放棄していたのではなく、母親は母親なりに弓香を精一杯育てている。母子家庭であることで不自由させないように必死に働きながら、弓香の交友関係や進路、読む本にまで目を配る。自分が、シングルマザーになって苦労した経験から、弓香には同じ過ちを犯さないよう過剰なまでに神経を尖らせているのだ。その一生懸命さが空回りして、弓香にとっては母親が大きなストレスになってしまった。

一方「ホーリーマザー」では、親友・理穂の視点から弓香親子の姿が描かれる。
理穂の視点で語られる弓香の母親は「優しい人」で、決して「毒親」ではない。弓香が「毒親」だと感じたエピソードの数々も、勘違いやすれ違いの末のことにすぎなかったことが、理穂や近所の人たちの視点から明かされていく。さらに、弓香と中学時代に仲がよかったマリアという同級生が、実は母親から売春をさせられていたことが理穂から明かされる。そのことにまったく気がついていなかった弓香に対し、自分のことばかり憐れんで本当の「毒親育ち」だった友人のことにさえ気がつかなかったのかと理穂はあきれてしまう。理穂は、マリアのような「本当の毒親育ち」の人の声がかきけされないよう、弓香のような人が声を上げるべきではなかったと訴える。そして理穂は自分も母親になった今、子供を思うからこそ時に過干渉になってしまう母の気持ちがよくわかるようになった。実母に対して、確かにうっとうしく感じることもあったが、義母との関係なんかに比べたらはるかにましだ。だから、いつまでも毒親だなんて騒ぐ娘こそ「毒娘」ではないか、と締めくくられている。


毒親」との関係のリアルな描写や、その「毒親」から受けた仕打ちの数々が視点を変えると「勘違い」にすぎなかったことが鮮やかに明かされていくストーリー展開は、「イヤミスの女王」と言われる湊かなえさんらしい作品でどんどん読み進めることができた。

ただ、自分が「毒親育ち」だと感じている人にとっては、納得のいかない展開だったのではないかと思う。。
毒親育ち」の人は最後の最後まで「自分の親は本当はいい人なんじゃないか」という希望を持って、あがいてしまうからだ。

私はうつの治療の中で、根本的な原因が母親との関係にあるということにだんだん気がついてきた。しかし最初はなかなか受け入れられなくて、幼い頃のいい思い出を振り返って「やっぱりいいお母さんだった」と思い込もうとしたり、「自分が変わり者だから上手く行かないだけでお母さんはいい人だ」と自分を責めたりした。母と電話したり会ったりするたび、体調を崩すことに気づいてからも「そろそろ大丈夫かも」「次こそ上手くやれる」と、何度も失敗を繰り返してきた。

「優しくていいお母さんじゃなかった」と認めるくらいなら、「自分がおかしいからだ」と思っていた方がましだ。
一見「毒親」に見える行動も「勘違い」や「すれ違い」のせいであって、本当は心から自分のためにやってくれたことなんじゃないか。

そうやって心身ともに限界になるまで、自分の母親を大好きでいようともがいてきた。そうやってもがき続けるうちに、母親に心を支配され、ボロボロになってしまったという現実をようやく認めることができてきた。

だから、ちょっとした勘違いで「毒親育ち」と思い込み、大人になっても苦しみ続けるなんてことはありえないと思うのだ。


※長くなってしまったので続きはまた…

汚屋敷育ち、義実家で衝撃を受ける

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私の実家は「汚屋敷」だ。
家が商売をやっていて、お客さんがしょっちゅう出入りするから中々落ち着いて家事ができない。
さらに祖母は典型的な「捨てられない女」で、割れたお皿や腐った食べ物を処分しようとすると泣いたり怒ったりするし、頻繁にものを大量に買ってくる。
加えて男たちは、「家事は女の仕事」と思い込んでいて服は脱ぎっぱなしだし食器をさげることも絶対にしない。

そんな状況で母もいつしか諦めモードになったらしく、今は片付けを放棄しつつある。

そんな家庭環境で育った私は「普通の家」の家事が身についていなかった。
最初に一人暮らしをしたアパートでは、ユニットバスの排水溝を詰まらせてえらい目にあったし、ごみや洗い物をためがちでいつもなんとなく臭い部屋だった。

ごみは定期的に捨てなければ溜まる、溜まれば臭う、そんな当たり前のことが本気でわからなかった。
掃除機をかけたり、洗濯物を干したり、といういわゆる「名前のある家事」は毎日やっていたから、「毎日がんばって家事をしても居心地の良い部屋にならない」と悩んでいて「自分が変なやつだからだ」と思い込んでいた。

本やネットで家事のやり方をひとつひとつ学んで、結婚する頃にはずいぶんましになっていった。
しかし「正しいやり方」はわかったけれど、「本当にみんなこんなことしているのかな」というモヤモヤが残った。

転機が訪れたのは今年。

初めて義実家に泊りがけで訪れた。義実家はごくごく普通のサラリーマン家庭で、専業主婦の義母が家事をきっちりやっているからいつもさっぱりと片付いている。だからこの機会に「リアルな家事」を学ぼうと思ったのだが、下手に留学に行くよりよっぽど「カルチャーショック」の連続だった。

まず、洗濯物。朝一番に昨日出た洗濯物とパジャマを洗って干す。その後、掃除や庭の手入れをして汗をかいたら、着替えてまた洗濯。休みの日は、義父も趣味のゴルフにでかけて帰ってきたら、さっさとウェアを自分で洗濯して干す。そして日が落ちるまでには必ず取り込んで、乾いていなければ室内干しにして除湿機を掛ける。乾かないからといつまでも干しっぱなしで、生乾き臭をさせていた実家とは大違いだ。

それから洗い物。食事のあと食器を洗うとすぐに布巾で拭いて食器棚に戻す。水切り籠やシンクの中も拭く。その後、ちょっとのどが渇いてお茶を飲んだらまたすぐに洗って拭いて片付ける。子供がミルクを飲んでいてしょっちゅう哺乳瓶を使うせいもあったが、私と義母で合わせて一日12~3回は食器を洗っていたと思う。

こんな調子で、他にも料理や掃除があるのだから、「一日中」家事は続く

私は「こざっぱりした家」に住む人は何か「裏ワザ」的な家事の仕方を知っていると、頭のどこかで信じていた。だけど実際には、ものすごい労力をかけることによって「普通のきれいな家」が維持されているのを目の当たりにし、衝撃を受けた。

義実家は、かなりきれい好きな方なのだとは思うけれど、特別インテリアに凝っているとか、生活感がないモデルルームのような家というわけでもない。飽くまで「普通にキレイ」の範疇だ。

インスタやブログなんかでは「ていねいな暮らし」「シンプルライフ」が人気だ。そんな言葉がぴったりなスタイリッシュな部屋の写真が大量にあがっている。何気なく「おしゃでだな」「こんな風にしたいな」と眺めていたこの部屋たちを作り上げるのには、影でどれだけの労力が費やされたのか改めて想像してみて正直ぞっとした。

主婦がどれだけ一生懸命家事をやるかは、本人のさじ加減による。それだけにとことんやればキリがないし、他の家庭のリアルな状況は中々知る機会もない。

家事って一見平和な仕事に見えるけど、独特なルールがあったりこだわりが詰まっていたり、実は政治や宗教の話題並みにナイーブな領域なのかも…と思った体験だった。

ふてくされるというリフレッシュ

うつになって、リフレッシュ方法をずっと模索してきた。

ヨガ、瞑想、散歩、写経、大人の塗り絵、刺繍、羊毛フェルト、ケーキ作り、プール…

どれもそれなりに夢中になってやった。
良くも悪くも、私の発達障害の特性上やるとなったらとことんやる。

アプリを使って運動の記録をつけたり、手芸関係は教室に行って作品が作れるまでになりフリマに出店までした。

夢中になってやれたことは楽しかったし世界は広がった。だけどいつしかノルマになり自分を追い込む方向に変わってしまう。

こりではだめだと、ほどほどを心がけるけれどなんか物足りなくなってしまう。

そして何より、本当にうつの波がひどい時はどれもしんどくて手につかなかったからどん底脱出の助けにはならなかった。

つい先日の夜のこと。いつものように夫が夕方帰宅して夕飯を摂り、子供をお風呂に入れてくれた。それでも子供はまだまだ遊んで欲しいとせがむ。
しかし夫は「今日の自分の仕事は終わり」とばかりに自分の部屋へ行きパソコンをさわり始めた。

それで私が自然と子供が寝るまでの遊び相手と寝かしつけをする流れになった。

子供と添い寝して優しくトントンしているといつもなら考えがアレコレ頭を賑わせるのにその日はぼんやり靄がかかったように何も浮かばない。そしてふいに「あ、私もうダメだ」と何かがキレるのを感じた。

いつもなら子供が寝たら急いでお風呂に入りさっさと寝てしまうけど、この日は財布だけつかんで家を出た。

家を一歩出ると、久しぶりに夜出歩いていることに気づいた。そして急に涙が出てきた。

泣きながら歩いていると色んな感情が溢れてきた。

子供の後追いがひどくて私は好きなタイミングでトイレにも行けないのに、夫はお風呂さえ終えれば自分の時間が持てるなんてずるい

転勤で知らない土地に連れてこられて私はひとりぼっちで子育てしなきゃならない

それなのに実家もろくに頼りにならない

そうやって悲劇のヒロインになりきってコンビニまで辿りつくと一旦泣くのをやめて、発泡酒一本とつまみを買って帰った。

家で待っていた夫が少し驚いていたけど「ちょっと疲れたから」とだけ言って、離れたところに座りもくもくと発泡酒とつまみを交互に口に運んだ。

一通りやさぐれて、ふてくされると意外なほど落ち着いた。
翌日にはすっきりしていて、いつも通りの生活が送れた。


これまでやってきたリフレッシュは、幅広いように見えて実はどれも品行方正な類のものだった。
リフレッシュに限らずうつ改善のために取り組んだ、早寝早起きもバランスの良い食事も何もかも「良いこと」ばかりだった。

さらに母親としての毎日は「良いこと」づくめだ。子供を連れて行く場所は公民館に図書館に子育て支援センター、あとはせいぜいスーパーくらい。ママ友との話題も子育てのこととか、どこのスーパーが安いとか、たまに旦那の愚痴を言い合うくらいで平和な会話ばかり。

健康的でお行儀よく過ごす毎日は、それなりに快適だ。


だけどそれは自分の側面の1つであって、決してそうじゃない面も持っている。

夜通しお酒を飲んだり、人の悪口を言ったり、無駄遣いしたり、くだらないこともたくさんしてきた。褒められたことではないけれど本音や感情がスムーズに出る瞬間でもあった。


うつ病患者として、母として、毎日「正しく」生きようとするあまり、そういう自分を押し殺してしまっていたから何をしても物足りなく感じるようになっていた。

毎日毎日、優等生を演じているようで自分に嘘くささを感じていた。

たまにやさぐれて、ふてくされて、自分を甘やかしてあげるのが私にとってはリフレッシュになるのかもしれない。

私が「変わり者」でなければ浮かばれなかった母のこと

「普通の子とは一味ちがった子でいてほしい」
両親からそんな期待を感じて育ったという話を書いた。

busyrain.hatenablog.com


この記事をアップロードした後、どうして親はそんな風に期待したのかをもんもんと考えていて、母が子育てしていた環境について思いをめぐらせてみることにした。

私の母は東京生まれ東京育ち、結婚して初めて実家を離れることになった。
両親が新婚生活を始めたのは、父の地元で東京から遠く離れた田舎町だった。田舎といえどかつては城下町として栄えた土地で、地元の人たちは自分たちの住む町に誇りを持っていてよそ者に厳しいところだった。
だからたぶん、東京から嫁に来た母に対しても近所の人は冷たかったのだろう。

私が物心ついた頃には、母は地元の人たちに対して敵対心丸出しだった。私が地元の方言を話すことを嫌い、母の前で訛りが出るとその都度「正しいイントネーション」を教えられた。

小学校に入って掛け算の九九を覚える宿題が出たときも、「5×5=25」の「ごご」の部分が訛っていると言い直しさせられたほど、徹底していた。

そんな調子で、母は私たちの地元に馴染もうとは一切考えていなかった。
もちろん私たちが小さいころは「ママ友」付き合いくらいはしていたけれど、本当の意味での友達とは思っていなかった。
(母になった今、ママ友付き合いってそんなものかなと理解はできるようになったけど)

更に数年後、父の両親との同居が始まった。母は姑から「新参者」を意味する方言で呼ばれるようになった。それは同居開始から20年ほど経った今も続いている。そして「新参者」らしく、家の商売を手伝わされ、家事も担わされ、外に働きに出たり趣味にいそしむ暇は与えられなかった。

何年経っても「よそ者」扱い、会社に属しているわけでもない、夫も姑も気持ちを理解してくれない。
そんな状況の中で、ますます母は「東京出身」だということを拠り所にするようになった。

進路相談のときに、私が地元の進学校A校を目指そうか遠方の国立B校を目指そうか迷っていたときも「A校はここら辺では頭がいい扱いだけど、東京だったら全然上じゃないのよ」と諭された。
それから、中学でおしゃれな子がストレートパーマをかけてきたと話すと、「あんなツンツンの髪しているのは田舎者だけよ。東京だと笑われるよ。」と言われた。


東京には「本当」の世界があって、地元は「間違った」世界なんだといわんばかりだった。

大人になった今考えれば、確かにA校の偏差値は決して高くはないし、不自然なほどまっすぐなストレートパーマを当てた髪はダサい。だけど、あのとき紛うことなき田舎の中学生だった私にとって、「A校やストレートパーマに憧れる」という感覚もまた「本当」だった。

だけど私が、地元の方言を話し、周りの子と同じように髪をストレートにし、田舎の進学校に進んで平凡な田舎の暮らしに馴染んでしまったら、きっと母は「一人ぼっち」になってしまう。
そんな危機感が心のどこかにあったから、私なりの妥協案として「変人の天才」でいることを選んできてしまったのではないかと思う。

大人になって、就職をして、東京に住んだ。
学生時代はどこにいても「馴染めていない」感覚が常につきまとっていたけれど、やっと本来の自分の世界で暮らせる。
そんな淡い期待があったけれど、結局「本当の居場所」なんて東京にもなかった。

そしてうつになって、病院に通ったり、人と話したり、本を読んだり、もがきながら「自分で心地よい人や場所を選んでいくしかないんだ」ということにようやく気がついた。

母のことは未だに気がかりだ。今でも、一人で苦しんでいるんじゃないか、自分が「変人」の仮面をかぶったピエロになってそばに居てあげないといけないんじゃないか、と思うことがある。
でもそれではいつまで経っても「本当の居場所」には行けないから、敢えて近づかないようにしている。

自分のことは自分で幸せにしてあげないといけない、ということに母は気づいてくれるかわからないけれど、せめて子供には教えていければいいなと思う。